蒼(あおい)は、都会の生活に疲れ、心機一転のつもりで田舎にある親戚の家に身を寄せることにした。山に囲まれたその村は、都会の喧騒とは無縁で、時が止まったように静かな場所だった。
到着初日、蒼は親戚の家で古びた屏風を目にした。そこには満月の下で佇む祠が描かれており、妙に不気味な雰囲気が漂っている。親戚の叔父はその屏風を見るなり、無理やり布を被せて隠した。
「それには近づかない方がいい。あの祠には“水子”が祀られている。村人は祟りを恐れて、決して手を触れないんだ。」
しかし、その夜、蒼は夢に引き込まれるような感覚に襲われた。朧げな月明かりの下、屏風の祠が現実のように鮮明に浮かび上がり、子どものすすり泣く声が聞こえた。
第一章: 禁忌の祠
翌日、蒼は叔父の忠告を無視して、屏風に描かれていた祠を探しに村を歩き回った。村人に話を聞くと、祠の場所を教える人は誰もいない。ただ、一人の老婆が震える声で語った。
「あそこに行けば、子どもたちの声が聞こえる。そして、二度と戻れなくなる。」
不思議と興味を抑えられない蒼は、その晩、屏風に描かれた景色を手掛かりに祠を探し当てる。山奥にひっそりと佇むその祠は、まるで長い間忘れられていたように朽ち果てていたが、不気味な存在感を放っていた。
祠の前には小さな人形が並べられていた。それらはどれも異様にねじれた形をしており、赤い布で口元が覆われている。蒼が人形の一つに触れると、突如として背後から冷たい風が吹きつけ、耳元で誰かが囁く声がした。
「返して…」
驚いて後ろを振り返るが、そこには誰もいない。祠から離れようとした瞬間、地面に置かれた人形が微かに動いたように見えた。
第二章: 響き渡る声
その日を境に、蒼の周囲で異常な出来事が起こり始める。夜になると部屋の隅からかすかな泣き声が聞こえ、窓に水滴がついている。風もないのに吊るした風鈴が鳴り続け、冷たい手が体を撫でる感覚に何度も襲われる。
蒼は恐怖に駆られ、村の寺の住職を訪ねた。住職は厳しい表情で言った。
「あの祠は“水子塚”だ。子を堕ろした母たちがその罪を懺悔するために祀られた場所だ。だが、彼らは救われることなく、怒りと悲しみの中で留まり続けている。下手に触れると、彼らに引き込まれる。」
住職はお守りを渡し、「祠には近づくな」と忠告したが、蒼の中で不安と興味がせめぎ合う。
第三章: 引き裂かれる境界
数日後、蒼の異変はさらに深刻化した。夜ごと夢に現れる祠では、無数の子どもたちが手を伸ばし、「一緒に来て」と囁く。現実でも部屋の中に水たまりができ、蒼の体には青い痣が浮かび上がるようになった。
ついに蒼は祠に再び足を運ぶことを決意する。人形を元に戻し、謝罪すれば呪いが解けると信じていた。しかし祠に着いた蒼は、そこで異様な光景を目にする。
人形たちが動き出し、歪な形にねじれたまま蒼の周りを囲み始めた。そして、子どもたちの泣き声が一斉に止み、静寂の中で一つの声が響いた。
「お母さん、帰してよ。」
蒼は逃げようとするが足が動かない。祠の中から濁った水が溢れ出し、その中に無数の小さな手が現れて蒼を引きずり込もうとする。
最終章: 闇の中へ
村人たちは翌朝、祠の周りに水が溢れているのを発見するが、蒼の姿はどこにもなかった。祠の中には新しい人形が一体増えており、それは蒼が身に着けていた服の布で作られていた。
その後、村では再び「水子様の祠」に近づいてはならないという掟が強化される。そして、満月の夜になると、祠の近くで子どもたちの笑い声とすすり泣きが混ざり合う声が聞こえるという噂が広まる。
蒼が本当に祠の呪いに取り込まれたのか、それとも別の世界に引き込まれたのかは誰にも分からない。ただ、村人たちは再びその恐怖を語り継ぎながら、祠に近づくことを避け続けた。
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